【8杯目】お湯の温度で、味が変わる話
- 店主・油屋

- 1月26日
- 読了時間: 3分

■ 蔵三(くらぞう)
江戸時代の終わり頃、栃木県栃木市で生まれた喋る猫。明治の文明開化の折に初めて珈琲を口にし、その美味しさに感激して喋れるようになった。それ以来、珈琲の魅力に取り憑かれ、豆・焙煎・淹れ方まで何でも知っている。落ち着いた古風な口調で、珈琲のことを優しく教えてくれる。

■ 美里(みさと)
栃木市に住む20代のOL。仕事に少し疲れ気味だったある日、喋る猫の蔵三と出会い、珈琲の美味しさと、珈琲のある暮らしを知る。一杯の珈琲で気持ちが前向きになることを実感し、今では「もっと珈琲を知りたい」と蔵三に教わっている。
Illustration by 小日向真芽 様
最初のお話はこちら▶「はじめに」
前回のお話はこちら▶「挽きたてが美味しい理由」
蔵の猫、珈琲の時間。
8杯目
お湯の温度で、味が変わる話
やかんから立ち上る湯気を見つめながら、美里は温度計を手に取った。

美里「蔵三……お湯の温度って、そんなに気にしなきゃダメなの?」
蔵三は、少しだけあくびをしてから答えた。
蔵三「“気にする”のと“振り回される”のは、別の話じゃ」
熱すぎると、出すぎる
蔵三「お湯が熱すぎると、珈琲の成分が一気に出る」
美里「いっぱい出た方が、良さそうだけど」
蔵三「良いものも、そうでないものも、まとめて出てしまうのじゃ」
苦味。雑味。ときには、えぐみ。
蔵三「結果として、強すぎる味になることがある」

ぬるすぎると、足りなくなる
美里「じゃあ、低い温度は?」
蔵三「今度は、出るべきものが出にくくなる」
美里「薄い感じ?」
蔵三「うむ。香りも、コクも、少し遠慮がちになる」
ちょうどいい、という考え方
美里は、温度計を置いた。
美里「じゃあ、何度が正解なの?」
蔵三は、しっぽをゆっくり揺らした。
蔵三「一般には、85〜90度くらいと言われておる」
美里「やっぱり数字なんだ」
蔵三「だがな、覚えておいてほしい」

沸かして、少し待てばいい
蔵三「難しく考えず、一度沸かして、少し待つ」
美里「それだけ?」
蔵三「それだけで、だいたいよい温度になる」
美里は、思わず笑った。
美里「なんだ、意外と大雑把でいいんだ」
蔵三「珈琲は、几帳面さを競うものではない」
温度は、味の方向を決める
蔵三「高めの温度は、しっかりした味に」
美里「低めだと?」
蔵三「やさしく、丸い味になりやすい」
美里「じゃあ、浅煎りと深煎りで変えてもいいんだね」
蔵三「うむ。それに気づいたなら、もう十分じゃ」

美里の中で、力が抜ける

美里は、湯気を眺めながらカップに注いだ。
美里「完璧じゃなくても、ちゃんと美味しいね」
蔵三「それが、一番大事な感覚じゃ」
美里「ねえ蔵三。お湯の注ぎ方って、あれも意味あるの?」
蔵三は、にやりと笑った。
蔵三「もちろんじゃ。だが――これも、気楽な話である」
■蔵三からのひとことまとめ
お湯が熱すぎると、苦味や雑味が出やすい
ぬるすぎると、香りやコクが出にくい
目安は85〜90度前後
沸かして少し待てば、だいたいちょうどいい
温度は、味の“方向”を決めるもの
蔵三「珈琲は、数字よりも、“感じ”を信じてよい飲み物なのじゃ」
今日の一杯が、 あなたの暮らしにそっと寄り添いますように。
次回は、「お湯の注ぎ方で、何が変わる?」

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