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【6杯目】苦みの正体

■ 蔵三(くらぞう)

江戸時代の終わり頃、栃木県栃木市で生まれた喋る猫。明治の文明開化の折に初めて珈琲を口にし、その美味しさに感激して喋れるようになった。それ以来、珈琲の魅力に取り憑かれ、豆・焙煎・淹れ方まで何でも知っている。落ち着いた古風な口調で、珈琲のことを優しく教えてくれる。


■ 美里(みさと)

栃木市に住む20代のOL。仕事に少し疲れ気味だったある日、喋る猫の蔵三と出会い、珈琲の美味しさと、珈琲のある暮らしを知る。一杯の珈琲で気持ちが前向きになることを実感し、今では「もっと珈琲を知りたい」と蔵三に教わっている。


Illustration by 小日向真芽 様

 


前回のお話はこちら▶「酸味は、悪者なのか?


蔵の猫、珈琲の時間。

6杯目


苦味の正体



夜が静かに更けていく。時計の音だけが、部屋に残っていた。

美里は、少し深煎りの豆を手に取りながら、ためらうように口を開いた。

美里「蔵三……苦味ってさ、なんで“珈琲らしい”って言われるんだろう」

蔵三は、窓の外を見たまま答えた。

蔵三「それはな、珈琲が“大人の飲み物”と呼ばれてきた理由でもある」


苦味は、後から好きになる味

蔵三「人は、生まれたときから苦味を好むわけではない」

美里「確かに……子どもの頃は、苦いもの苦手だった」

蔵三「苦味とは、経験と一緒に覚えていく味なのじゃ」

仕事の疲れ。夜の静けさ。一息つきたい気持ち。

蔵三「そうした時間と結びついて、苦味は“落ち着き”になる」


苦味にも、種類がある

美里「酸味みたいに、苦味にも違いがあるの?」

蔵三「もちろんじゃ。焙煎が進むことで生まれる、香ばしい苦味がある」

美里「それは、好きかも」

蔵三「一方で、焦がしすぎた苦味、雑味からくる苦味もある」

蔵三は、少しだけ声を低くした。

蔵三「苦いから珈琲らしい、のではない。心地よい苦味が、珈琲を珈琲にしておるのじゃ」


深煎りが愛されてきた理由

美里「日本では、深煎りが多い気がする」

蔵三「うむ。戦後の喫茶店文化の中で、深煎りの苦味は“安心できる味”になった

美里「変わらない味、ってこと?」

蔵三「そうじゃ。毎回違わぬ一杯は、心を休ませてくれる」


美里が気づいたこと

美里は、カップを両手で包んだ。

美里「苦味って、無理に元気を出させないね」

蔵三「うむ。“頑張れ”とは言わぬ。ただ、黙って隣におる」

その言葉に、美里は少し笑った。


苦味は、夜の味

蔵三「酸味が朝なら、苦味は夜である」

美里「なんか分かる……」

蔵三一日の終わりに、自分をほどくための味なのじゃ」




美里は、空になったカップを見つめた。

美里「ねえ蔵三。同じ豆でも、淹れ方で味が変わるのって、どれくらい違うの?」

蔵三は、ゆっくりと立ち上がった。

蔵三「それはな……挽くところから、話さねばならぬ」



■蔵三からのひとことまとめ


  • 苦味は、後から好きになる味

  • 心地よい苦味が、珈琲らしさをつくる

  • 焙煎が進むほど、苦味とコクが増す

  • 深煎りの苦味は、安心感につながりやすい

  • 苦味は、夜に寄り添う味である


蔵三「苦味を嫌わずにいられるようになったら、珈琲とは、もう長い付き合いじゃ」



今日の一杯が、 あなたの暮らしにそっと寄り添いますように。


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