【3杯目】焙煎すると、なぜ香りが出るのか
- 店主・油屋

- 1月11日
- 読了時間: 4分

■ 蔵三(くらぞう)
江戸時代の終わり頃、栃木県栃木市で生まれた喋る猫。明治の文明開化の折に初めて珈琲を口にし、その美味しさに感激して喋れるようになった。それ以来、珈琲の魅力に取り憑かれ、豆・焙煎・淹れ方まで何でも知っている。落ち着いた古風な口調で、珈琲のことを優しく教えてくれる。

■ 美里(みさと)
栃木市に住む20代のOL。仕事に少し疲れ気味だったある日、喋る猫の蔵三と出会い、珈琲の美味しさと、珈琲のある暮らしを知る。一杯の珈琲で気持ちが前向きになることを実感し、今では「もっと珈琲を知りたい」と蔵三に教わっている。
Illustration by 小日向真芽 様
前回のお話はこちら▶「アラビカとロブスタ、味の違い」
蔵の猫、珈琲の時間。
3杯目
焙煎すると、なぜ香りが出るのか
焙煎すると、なぜ香りが出るのか 朝の台所に、かすかな焦げたような、甘いような匂いが残っていた。
昨夜淹れた珈琲の余韻だ。
美里はケトルを火にかけながら、ふと思い出したように口を開いた。

美里 「ねえ蔵三。 この香りってさ…… どうして豆を焼くだけで、こんなに変わるの?」
蔵三は、いつもの場所で丸くなりながら、ゆっくりと目を開けた。
蔵三 「良いところに気づいたのじゃ。 それは、珈琲が“目を覚ます瞬間”の話である」
生豆には、まだ香りがない

蔵三 「焙煎する前の珈琲豆―― “生豆”と呼ばれるそれにはな、 実は、今ほどの香りはほとんどない」
美里 「えっ、そうなの? もうちょっと珈琲っぽい匂いがするのかと思ってた」
蔵三 「草のような、豆のような匂いはするが、 いわゆる“珈琲の香り”ではないのじゃ」
美里は少し驚いた顔で、豆の袋を見つめた。
火を入れると、豆の中で変化が起きる
蔵三 「焙煎とは、ただ焼いているのではない。豆の中で、たくさんの化学変化が起きておる」
美里 「かがく……急に難しそう」
蔵三 「安心せい。 要は、甘さや香ばしさのもとが、生まれているということじゃ」
豆に火が入ると、 糖やアミノ酸が反応し、 あの独特の香りが立ち上がる。
蔵三 「パンを焼いた時の香りを、思い出してみるとよい」
美里 「あ、あれか。 焼く前と後で、全然違うもんね」

焙煎の深さで、香りは変わる
美里 「じゃあ、浅煎りとか深煎りで香りが違うのも、そのせい?」
蔵三 「その通りである。 浅煎りは、軽やかで、果実のような香り。 深煎りは、香ばしく、少しビターな香りになる」

美里 「同じ豆なのに、全然別物みたい」
蔵三 「人も同じじゃ。 経験する“火加減”で、表に出る顔は変わる」
美里は、なぜかその言葉が胸に残った。
焙煎は、正解がひとつではない
美里 「じゃあ、一番いい焙煎ってどれなの?」
蔵三は、少しだけ間を置いてから答えた。
蔵三 「それを決めるのは、焙煎する者の考え方と、 飲む者の時間である」
美里 「時間?」
蔵三 「朝に飲むのか、夜に飲むのか。 静かに飲みたいのか、気持ちを切り替えたいのか。 焙煎は、その“居場所”を作る仕事なのじゃ」
美里の中で、珈琲の見え方が変わる

美里は、出来上がった珈琲をカップに注いだ。立ち上る香りを、今度は少し意識して吸い込む。
美里 「香りって、味の前に来るんだね」
蔵三 「うむ。 香りは、珈琲からの最初の挨拶である」
もっと身近なところへ
美里 「じゃあさ…… 浅煎りとか深煎りって、 どうやって選べばいいの?」
蔵三は、くすりと笑った。 蔵三 「それはな、 “好み”の話になる」
■蔵三からのひとことまとめ
・生豆のままでは、珈琲らしい香りはほとんどない
・焙煎で、甘さや香ばしさのもとが生まれる
・焙煎の深さで、香りの印象は大きく変わる 焙煎は、豆に合った“居場所”を作る仕事
・香りは、珈琲からの最初の挨拶である
蔵三 「珈琲の香りは、急がせるものではない。 立ち止まらせるために、そこにあるのじゃ」
今日の一杯が、 あなたの暮らしにそっと寄り添いますように。
次回は、「浅煎り・深煎りって何が違う?」

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